ギルドリーダーのオマルがとうとう上級依頼を受けてきた。それもトゥラーネ村の探査依頼だそうだ。なんてこった、トゥラーネ村だなんて…
トゥラーネ村は魔術師たちの戦争によって廃墟となり、今ではアンデッドの巣窟となっている。複数のギルドが協力して探査部隊を編成する予定だそうだが、まったくもって気乗りしない。しかも中には設立して間もないギルドもあるそうだ。名前は白鳥騎士団というらしいが、ギルドの印章は百歩譲ってもアヒルにしか見えない。
俺はトゥラーネ村について書かれた羊皮紙を探して、彼らの中でまだ賢そうな(ひとりだけ眼鏡をかけていた)クレイという人に渡してやった。彼らが怖がって他のギルドと交代してくれることを密かに願っていたのだが、彼は感謝の挨拶をするだけで俺の貴重な羊皮紙を読みもせずカバンにしまった。その場で読むように促したが、子どもたちを見ていた巨体の男が顔をしかめて近づいてきたので急いで戻ってきた。
幸い、その男は羊皮紙の内容が気になるようだった。クレイが羊皮紙を取り出して何か説明していたが、男は興味が失せたのか、また子どもたちを見に行ってしまった。そばにいた怖い顔をした女性も不満そうな表情で唾を吐くばかりで何も言わなかった。
しばらくしてオマルが固い表情をした若い女性と、小柄な中年男性を連れて来た。女性の方はアヒルだか白鳥だかのギルドのリーダーのローエンといい、男性のほうはトゥラーネ村の道案内をする地理学者のラビドと名乗った。
俺はオマルの注意をひくために足をばたつかせたが、探査を一緒に行う別のギルドのリーダーたちが集まり始めたせいで、どんどん離れてしまった。彼らがトゥラーネ村への旅程と準備事項を点検しているのを見て、俺はもう後には引けないことを悟った…
アイナールよ、あなたの忠実な信者をお守りください!
俺たちは夜が明ける肌寒い早朝に、トゥラーネ村の前に集まった。廃墟となったトゥラーネ村は死と腐敗のニオイであふれる場所だった。
昨日俺の邪魔をした巨体の男は、ゲラードと名乗った。彼は巨大な盾を持って探査隊の先頭に立ったが、大きさや重量はもちろん、盾から放たれる魔力はぱっと見でもただものではない雰囲気を醸し出していた。俺は彼のそばにいて盾について聞くチャンスを狙っていた。彼は俺の相手をしなかったが、答えは意外にも簡単に得られた。村に入った瞬間、盾がブルブルと震え出したのだ。邪悪なものを感知する盾…すぐ思いつく伝説がいくつかあったが、とりあえずは命の方が大事なので急いで仲間の元へ戻った。
予想どおり村はスケルトンとゾンビであふれかえっていた。俺は脱落者が出ないよう白鳥騎士団の方を気にしていたが、彼らは思ったより手練れだった。特にゲラードは容赦なく敵を倒していった。あまりの勢いの激しさに、ローエンの素早い剣術やクレイの高火力の魔術が大人しく見えた。
太陽が真上に昇った頃、俺たちは大きく抉れたクレーターを見つけた。魔術師たちの戦争で魔力石が飛んできて爆発した跡のようだった。俺たちがクレーターを調べる間、ラビドが神殿のようなものを発見した。ローエンとゲラードがアンデッドを食い止めながら俺たちを先に行かせた。まず最初に神殿に入ったのは白鳥騎士団で最も印象が悪いロキシーだった。彼女は村に入ってからずっと、臭いのことで悪態をついていた。
神殿の中は真っ暗で外とは別の類いの悪臭が漂っていた。そのせいでロキシーの怖い顔がさらに険しくなったので、俺は少し離れて歩くしかなかった。俺たちはクレイが持って来たディストーン、ルナ-0の光を頼りに神殿を調べた。外の二人の役に立ちそうな保護石が残っているかもしれないと期待したのだが、人骨しか見つからなかった。
それらの骨はアンデッドに変わらず、不自然に綺麗な状態で残っていた。俺とギルドメンバーたちが骨を調べていると、ルナ-0が何かを感知したのか喋り始めた。
クレイが魔術の水晶を取り出して周囲を照らすと、神殿の構造がぼんやりと見えてきた。円形の広場のように見えたが、変わったことに縁には水路があしらえてあった。水路の上には一定の間隔で噴水が配置されており、すぐにでも飛び立ちそうな凶悪なガーゴイルが彫刻されていた。
魔術の水晶の光が床に当たると、ルナ-0がまた何かを喋り始めた。クレイのそばに近づくと床に刻まれた正体不明の文字が見えた。彼はルナ-0がトゥルティザンの古代文字を読んでいるのだと言った。その時突然神殿が揺れ始め、土埃がまきあがった。クレイが何かに気付いたようにルナ-0を止めようとしたが、ディストーンは魅入られたように文字を読み上げ続けていた。危険を察知したオマルが退却を命じた。扉のそばにいたうちのギルドメンバーたちは急いで水路を渡ったが、俺は飛び込んできたゲラードにぶつかって水路の中に落ちてしまった。
幸い水路に水はなかったが、足が折れてしまったようだった。痛みに耐えながら顔を上げると広場には古代の文字が放つ紫色の光があふれていた。
次の瞬間、床から巨大な影がその体を起こした。今まで見たこともない巨大なスケルトンだった。スケルトンの口からすさまじい怒号が響いた。聞き取りづらかったが、たしかにこう言っていた。
「誰が偉大なるテヴェントを目覚めさせたのだ」
テヴェントの呼びかけに応じて広場中のスケルトンたちが蘇り、白鳥騎士団を取り囲んだ。ギルドメンバーたちが水路を飛び越え戻ってきたが、スケルトンとテヴェントに挟まれた彼らは非常に危険な状態だった。
クレイがまたカバンを漁り、黒い水晶を取り出した。探査隊は彼が魔術を使う時間を稼ぐために激戦を繰り広げた。特に弓を持ったロキシーは誰よりも広い範囲で活躍していた。彼女はクレイに襲いかかるスケルトンたちを討伐するために、ルナ-0の頭を踏みつけて飛びあがった。しかしロキシーの行動に集中力を乱されたクレイが驚いて魔術の水晶を落としてしまった。呪文はまだ未完成の状態だった。
ローエンが素早く駆け寄ってきて落とした水晶を掴んだ。幸い水晶は割れることなく数十匹の青黒いカラスを吐き出した。スケルトンを攻撃するカラスの鳴き声とロキシーの興奮した叫び声が耳をつんざくようだった。
スケルトンの勢いが衰えてきてテヴェントは苛立っているようだった。巨大な両手から火の玉を探査隊に向かって連射した。火だるまとなった人たちが床を転がり、仲間たちを転ばせた。巨大な盾で火の玉を防いでいたゲラードもつまづいて転んでしまった。
ローエンがゲラードの盾を代わりに持ったが、炎に当たった彼女の体は空中へと飛んでいった。テヴェントが骨の手で彼女を握り、口を開いた。俺はつい悲鳴を上げたが、彼女の体から轟音と共に強い光があふれ出た。聞こえづらい耳を塞ぎながら顔を上げるとテヴェントの腕が粉々になっていた。
その時背後から冷たい気配を感じた。いつの間にかガーゴイルの口から水が吐き出されていたのだ。
火がついたゲラードが走ってきて水路の中に飛び込んだ。火が消えたのを確認した彼は声をあげて探査隊を呼んだ。人々はバタバタとゲラードの後を追って水中に身を投げた。
幸い火の手は収まってきたが、床に倒れているローエンは動かなかった。いつの間にやら壊れていたスケルトンたちが体を直して彼女に向かって歩いていた。ゲラードは稲妻のようにローエンの元へと走ったが、戦意を喪失した俺たちは不安そうにそれを見ているだけだった。ロキシーが逃げないで何をしてるんだと悪態をついた。
我に返った俺たちは神殿の外へと逃げ出した。飢えたテヴェントが人々を追って水路を越えようとしたが、おぞましい悲鳴を上げて何かを叫んで退いていった。シラベスの結界と言っていたような気がするが、正確なことはわからない。
クレイはルナ-0を回収し、一番後からついてきていたが、恐怖でうまく走れなかった。俺たちは彼を助けなくてはならないとわかっていながら、テヴェントが近くにいるせいでおいそれと近付けなかった。
テヴェントがクレイの頭に齧りつきそうになったその時、クレイの体が空中に飛び上がり水路の向こうへ落ちた。ロキシーのトラップ矢がクレイを掴んだのだ。綱で擦り切れたロキシーの手が血まみれになっていたが、彼女は気にしていなかった。彼女はたくましくクレイを蹴とばし、皆を退避させた。
外で待っていたラビドが俺たちを比較的安全な場所へと案内した。神殿から少し離れた場所に着いた俺たちはぐったりと腰を下ろした。恐ろしいスケルトンとテヴェントは神殿の外には出られないようだったが、中に取り残された二人が問題だった。俺たちは日が暮れ始めたことに焦り始めた。
どれだけ時間が経ったのだろうか。ロキシーの口から長い口笛の音が聞こえた。神殿の方を見ると夕日を背負った大きな影がこちらに向かってきていた。ローエンを抱いているゲラードの影だった。
オマルの口から感嘆の声が漏れた。俺たちは大きく笑って生き残った喜びに体を震わせた。
俺はギルドメンバーたちと一緒にゲラードの元へと駆け寄って彼の勇気を讃え、ローエンの回復を祈った。そしてクレイの元へ行って強力な魔術を称賛した。彼は謙遜しながら、自分の魔術ではないと首を振った。詳しい話を聞きたかったがロキシーがどこからともなくぎらついた目をして現れたので、また今度にした。
うちのギルドは皆重傷を追っていたため、しばらくの療養を余儀なくされた。一週間ほど経ってやっとオマルが依頼報酬と山ほどの書類を受け取ってきた。書類にはソリシウムとトゥルティザンの第3次大戦と、クルトと呼ばれるトゥルティザンの大将軍について書かれていた。クルトたちはトゥルティザンの王に忠誠の証として〈盟約体〉を捧げたのだが、戦争に勝利したソリシウムから戦利品としてこの〈盟約体〉を要求された。神殿で眠っていたテヴェントは、その時手に入れた5つの〈盟約体〉のうちの1つだったのだが、クレイの間抜けなディストーンがトゥルティザンの古代文字を読み上げたせいで、亡霊を呼び起こす呪文が発動してしまったのだ。俺はいくら賢くてもディストーンは所詮石頭なんだなと考えながら書類を片づけた。